諦めない住宅設計の姿勢が求められている
2022/01/23
住宅設計は建築設計デザインを目指した人が最初に取り組むジャンルの設計ですが、設計者として最後まで納得がいかず生涯チャレンジし続けるジャンルともいわれるほど建築設計の中でも最も難しい設計と言われています。
敷地条件や法規制、さらに、お客様のご要望も様々で、ご予算の制限など設計与条件として最も厳しいジャンルは住宅設計と言っても過言ではありません。
お客様にとっては生涯で一度きりの住まいづくりという機会に設計者の責任は重大です。
住宅建築をされるお客様の年代は30才代前半が最も多い年代です。
多くのお客様は60年から70年くらい生涯に亘ってそこに住まわれることになります。
住宅設計者は、お客様の人生を心豊かなものにできるのか大きな使命を背負っています。
設計与条件が厳しいから、多くの案件を抱え忙しいからと簡単に諦めるわけには行きません。
住宅設計者の設計姿勢は「諦めない設計」が求められています。
Contents
「住まいを楽しみ人生を楽しむ」ための住宅設計へ
住宅設計の根幹部分は、新築時点でご満足から始まって60年以上に亘るお客様の人生という時間軸で年代ごとのステージが変遷していく中で、常に「住まいを楽しみ人生を楽しむ」ことができる住まいづくりです。
現時点からのタイムシフトという時系列で先を読むということは一般のお客様には想像しにくい部分です。
一般にお客様は「やがて齢をとったら」と漠然とは考えますが、具体的なレベルでは3~5年先の暮らしが想像できる限界です。
住宅設計者は「お客様の時系列での人生の場」を設計することを請け負うということです。
普遍的なものと時間とともに変化していくものを見抜く選択眼も設計者には必要です。
お客様との向き合い方が従来の「プランヒアリング」という「お客様のおっしゃった間取りをまとめればよい」という考え方から「お客様の暮らしを総合的に俯瞰的に理解する」という「暮らしインタビュー」へと進化することが求められています。
住まいづくりの重要さを共有化
お客様の中には暮らしや住宅に全く関心を示されない方もいらっしゃいます。
特にご主人様に多く見られる傾向です。
こうした場合には自宅で過ごす時間の多さを認識していただく必要があります。
例えば、ご主人は朝7時に家を出て会社に行き19時にご帰宅されるとすると平日は50%の時間をご自宅で過ごされています。
土曜日はほとんど自宅でゴロゴロされており、日曜日は午後から家族で買い物に出かけてついでに食事し、4時間ほどの外出をして帰宅ということですと、平日と休日の加重平均で60%以上をご自宅で過ごすことになります。
70才までの現役生活はこれが続き、引退後は90%の時間を自宅で過ごすことになります。
これが20~30年間続くと考えると現役時代と加重平均すれば人生の70%を自宅で過ごすということになります。
まずこの生活実態を認識していただき共有化します。
住まいづくりの重要さに気づいていただくことができます。
お客様がその気にならない限り住まいづくりは人生への投資にはならず、「住まいを楽しみ人生を楽しむ」住まいづくりを実現できません。
具体的に自宅で過ごす時間の比率をご認識いただくことは大切です。
暮らしの重点ポイント
新しい住まいでは「これだけは実現したい」というお客様が認識しておられる「暮らしの重点ポイント」と、日常生活の中であまりにも当たり前すぎてお客様が認識されていない「隠れている暮らしの重点ポイント」がありまます。
「隠れている暮らしの重点ポイント」を炙り出すには、家族全員の1日を時間単位で何をしているのかを可能な範囲で細かく「生活タイムスケジュール表」に書き出していただきます。
ご家族全員が揃う時間は大切な時間だとすれば、平日に揃う時間が朝食の30分しかないがお客様はそれが大切な時間と認識されていないという場合が多々あります。
「当たり前すぎる日常」の大切なシーンを浮き彫りにしてその時間を最高の場で過ごしていただく工夫が設計に求められます。
これが「隠れている暮らしの重点ポイント」の発見の仕方です。
顕在化している「暮らしの重視ポイント」と潜在化している「隠れている暮らしの重点ポイント」からお客様の暮らしの重心を見いだしていきます。
家族の順列組み合わせ
家族全員が揃う場面は分かりやすい暮らしの重点ポイントですが、ご夫婦、ご主人と息子さん、ご主人と娘さん、ご主人とお子様二人等ご家族の組み合わせで大切な時間が見えてきます。
4才の娘さんとご主人がいつもお風呂に一緒に入っている時間は大切な親子の触れ合い時間。
この入浴タイムはあとどれくらい続くのか。
そのあとどういう触れ合いの場を創り出せばよいのかとタイムシフトして考えていくきっかけにもなります。
ご家族にとって大切な時間は何処にあるのか。
ご家族の順列組み合わせでの一緒に過ごす時間の発見も住宅設計をして行く上で重要です。
「暮らしインタビュー」とは
通常の生活の中でお客様が「自身の暮らしとは何か」などとお考えになる機会は全くないのが普通だと思います。
そんな中で住宅設計者が「お客様の暮らしを中心に考える」視点でお客様に様々なシーンでの暮らしについてインタビューすることで「お客様自身がご自身の暮らしに気づき」これからどういう暮らしをしていきたいのかという思考に変化していきます。
暮らしインタビューに際して「主役はお客様」です。
インタビュー技術も必要ではありますが「私は本気であなたとご家族をを理解したい」というインタビュアーの姿勢が最も大切です。
日常の暮らしの実態やご不満、こうありたいなという様々な情報からお客様の暮らしを立体的に把握し、お客様の価値観を共有化します。それが暮らしインタビューです。
暮らしインタビューは家のことにとどまらない
設計者はプラン作成情報を求める傾向にありますので、暮らしインタビューの範囲もそうした考えで住宅内に限ってしまう傾向があります。
拡散した情報は確かにまとめにくくプラン作成には面倒であることも事実でしょう。
プランを描くことが目的なのか、お客様に「心豊かな日々を送っていただくこと」が目的なのかで大きく視点が異なります。
暮らしインタビューの範囲は家に関することだけにとどまらず、お客様の興味関心のある分野全てについて行うことで、お客様の価値観を理解し共有化することができます。
温泉好きのご家族ならどこの温泉で何をして何が良かったのかなど一見すると住まいづくりには関係がない温泉旅行の話でも、「自宅のお風呂」に取り入れる要素があるのではないかと考えます。
「暮らしを楽しみ人生を楽しむ」という住まいづくりの軸を持っていれば収集した情報の取捨選択が可能です。
一度でプレゼンを決める
「暮らしインタビュー」で実現したい暮らしの重心とお客様の価値観を掌握できれば大きくプランを外すことはありませんし、お客様はプレゼン前に既に設計者のことを信頼してくださっています。
設計者の立ち位置は住宅営業に比べてお客様の信頼が勝ち取れる位置にいます。
さらに暮らしインタビューで信頼度はMaxに達した状態ですから自信をもってプレゼンを行います。
目標は初回プレゼンでのプラン/デザイン合意です。
不十分な情報に基づいて設計を何度もやり直すことに比べて圧倒的に効率的でお客様の信頼も厚く会社への信頼度がアップします。
まとめ
家族の関係、職業/職種による働き方、暮らし方が多様化した現在お客様との設計方針のコンセンサスを形成するのは難しい環境になってきています。
建築与条件的にも厳しいお客様も多くあると思います。
そのような環境下だからこそ「諦めない設計」という設計者の姿勢を重視します。
暮らしインタビューという新たな設計情報収集の仕方も有効に使うべきでしょう。
確かに暮らしインタビューのスキルアップには経験が重要ですが専門の教育を受けることでより近道ができます。
設計者に対する教育投資は今後益々必要だと思います。
新たな時代への準備を進めましょう。
《執筆者》
株式会社ハウジングラボ
代表取締役社長 松尾俊朗
一級建築士