注文住宅上位客層シフトで「価格帯の大台突破」を成功させる戦略(前編)前中後の3編
2025/06/25

今回は、現在の住宅市場が直面する構造変化を分析し、これからの時代に求められる新たな受注戦略を3回にわたって連載します。前編は、市場の「今」を正確に捉えるため、顧客マインドや社会構造の変化といった、戦略転換の必要性の背景にある外部環境の地殻変動について考えてみます。
Contents
避けられない構造変化と戦略転換の必要性

住宅業界は今、単なる価格上昇という言葉では片付けられない、構造的な転換期、すなわち「上位客層シフトで大台を突破する価格帯へ」という、30年以上経験したことのない新たな局面に直面しています。物価上昇は、建築資材費や人件費を押し上げ、これまで各住宅会社が主力としてきた価格帯では、もはや十分な利益を確保することが困難な状況です。インフレ市場が定着した市況環境で、多くの住宅会社が、より高価格帯の市場へと住宅事業の軸足を移さざるを得ない状況に迫られています。
デフレからインフレへ:戦略転換の難しさと顧客との価格感覚ギャップ
このデフレ戦略からインフレ戦略への転換は容易ではなく、会社が提示したい価格と、お客様の価格感覚との間には、深刻なギャップが存在しています。お客様は、賃金上昇が物価上昇に追いついておらず、実質賃金が1.8%下がったという政府発表のデータとともに、それを肌感覚で感じていらっしゃいます。「建築資材も高騰していること」はある程度ご理解されていますが、最近住宅を建てた友人知人たちから聞いている「“このくらいの価格”で住宅は建てられる」という感覚とは、かなりの「ズレ」が生じており、お客様の想像以上に住宅価格が高騰しているという認識が薄いのが現状です。
価格シフトの絶対条件:なぜ「単純値上げ」は通用しないのか
では、価格帯をより上位客層の価格帯へ移行していく場合の前提条件を考えてみましょう。
まず、最初に意識しなければならないのは、同じモノを単純に「値上げ」するというのは、インフレ、デフレの市況環境を問わず「市場では受け入れられない」という、顧客心理の鉄則です。
従来のデフレ環境では、人件費がジワジワ上がる等のコスト増の要因はあったものの、基本的には建築コストは下がるため、「大きく値上げする必要がなかった」だけです。しかし、30年もの長きにわたるデフレを経験した結果、「値上げ」というと単純に「同じ住宅の価格だけを上げる」、あるいは住宅を「小さくする」(袋菓子が内容量を減らすのと同じ発想)ことだと捉えてしまう風潮もあります。
しかし、バブル時代を含め、単純な値上げは「市場では通用しない」というのが実態経済の常識です。市場の需給バランスが大幅な需要勝ちになる場合を除いて、単純値上げは極めて難しいのです。ましてや、住宅市場では、需要が減退傾向の市場ですから、単純値上げは、ことさら考えられない市況環境です。
価値創造による価格アップ:市場に受け入れられる唯一の道
この難局を乗り切るためには、お客様から見て、新たな魅力を持つ付加価値を用意し、その価値を反映した値付けの中で原価上昇分を吸収するという価格アップ策が、市場に受け入れていただける唯一の手段です。
ここで注意すべきは、「新たな付加価値」を安易に「住宅というモノの付加価値アップ」だと短絡的に考えてしまうことです。今後の市場では、そのような画一的な価値提供は通用しません。「個々のお客様の目から見て、資金を投じても良いと思える内容」でなければ、それは真の付加価値とは言えないのです。
果たして、そのような「モノ」は存在するでしょうか。住宅というハード面のスペック向上だけでこの課題を解決するのは、極めて困難です。従来の延長線上にある営業手法や商品戦略を続けていては、受注はおろか、企業の存続すら危うくなる時代に突入したと言えるでしょう。モノの付加価値だけに固執せず、実現可能な付加価値の創出を見出すこと。それが、注文住宅の上位価格帯へのシフトを成功させる具体的なテーマです。
現実的なロードマップ:「二正面作戦」の必要性
上位価格帯客層の攻略には、営業手法の変革や人材教育といった準備に、少なくとも半年程度の時間が必要です。事業の軸足を完全に上位客層へと移行するには、企業規模にもよりますが、さらに時間を要します。
したがって、現実的には上位価格帯客層と従来価格帯客層の双方を獲得する「二面作戦」を選択せざるを得ないと思います。具体的な集客と受注戦略について考えていきますが、単なる対症療法ではなく、企業の体質そのものを変革し、未来の市場に適応していくためのロードマップです。
なぜ「モノ売り」は限界を迎えたのか? – 顧客マインドと市場構造の地殻変動

従来の成功体験が通用しなくなった背景には、顧客、社会、そして住宅業界内部の構造的な変化があります。これらの地殻変動を正確に理解することが、新たな戦略を構築する上での第一歩となります。
実質賃金の低下と顧客の防衛心理
我々が向き合うべき最も大きな壁は、お客様の財布の事情と、それに伴う心理的変化です。政府主導の賃上げが一部の大企業で実施されているものの、その恩恵は社会全体に行き渡っているとは言えません。むしろ、政府が発表する統計を見ても、物価上昇に賃金の伸びが追いつかず、「実質賃金」はマイナスで推移しているのが現実です。
これは、お客様にとって「給料は少し上がったように見えても、実質的には下がっている」という厳しい現実を意味します。日々の生活防衛意識が高まる中で、住宅という最も高額な買い物に対して、極めて慎重かつシビアになるのは当然です。購買行動が抑制的になりがちな景況背景では、どうしてもお客様は価格上昇に対して強い抵抗感を持ち、その価格に見合うだけの「確固たる価値」=「本物のユーザーメリット」をこれまで以上に見極め、その部分にだけ財布の紐が緩み、消費し、投資する傾向がより強まっています。この「顧客心理」を「テコ」にしてこそ、より上位価格帯客層へのシフトが可能になります。これを実現する最も重要な部分であり、前提でもあるのは、「個々のお客様にとって魅力のある住宅」しか売れないということです。
家族像の激変:「標準世帯7.2%」が示すもの
かつて、日本の住宅市場は、「夫が働き、専業主婦の妻が家庭を守り、子供が二人いる」という「標準世帯」をメインターゲットとして成立していました。しかし、このモデルは、もはや過去のものです。最新のデータでは、この標準世帯が全世帯に占める割合は、わずか7.2%です。(厚生労働省:国民生活基礎調査)
現代の家族像は、夫婦二人、結婚せずに同棲、シングルマザー・ファザー、そして、単身で暮らすシングルなど、従来のように、きれいに並んだタイルのような成形された形ではなく、価値観もライフスタイルも異なる「モザイク模様」へと完全に変わってしまいました。多様化したそれぞれの家族が、それぞれの「実現したい暮らし」を潜在的に求めているのです。この変化は、住宅に求められる機能や空間の意味を根本から変えつつあります。
暮らしの変化:「リビング」から「ラウンジ」へ
家族像の多様化は、住まいの中心であるLDKのあり方にも大きな変化をもたらしました。かつて、家族全員が同じテレビ番組を見て、同じ時間を共有する場であった「リビング」は、今や、家族それぞれが、スマートフォンやタブレットを手に、個々の関心事に向き合いながらも、緩やかにつながる「ラウンジ」のような空間へとその性格を変えています。
家族という集合体でありながら、個人の時間や価値観も大切にしたいというニーズに応えるためには、画一的な○LDKの提案ではなく、個々の活動と家族のコミュニケーションが両立する、より自由で多機能な空間設計が求められます。
全国大手住宅会社と地場住宅会社の構造的課題
この価格上昇期において、各住宅会社は、それぞれの企業がこれまで対象としてきたお客様層の住宅価格帯の上方シフトを余儀なくされています。
全国大手住宅会社: 4,000万円台から5,000万円台へシフト
高価格帯の地場住宅会社: 3,000万円台から4,000万円台へシフト
中価格帯の地場住宅会社: 2,000万円台から3,000万円台へシフト
このシフトを実行に移さざるを得ない現状ですが、各社の社内事情が大きく影響しています。
全国大手住宅会社は、その多くが工業化住宅、特に鉄骨系住宅を祖として発展してきた背景から、いわゆる「ハウスメーカー」としての製造業的な発想を色濃く持っています。この企業文化は、社内の力学にも反映されており、製品開発や原価管理を担う製造部門・事業部が強い社内影響力を持つのが特徴です。
例えば、製造部門は、調達努力によってコストを抑えますが、現在の市況では資材価格の上昇は避けられません。その上で、各種経費や適正利益を積み上げて算出された原価に基づき、販売価格が決定されます。この価格で販売するという方針が、社内に共有されます。
その結果、営業部門は、時に現場感覚との乖離を感じながらも、決定された価格でいかにして販売目標を達成するかという点に、その役割と能力を集中せざるを得ません。この「製造部門が価格を決定し、営業部門が販売に徹する」体制が、これまで半世紀に亘って、全国大手住宅会社のブランド力と共に、その成長を支えてきた要因の一つでもあります。しかし、市場環境が激変した現在、この成功モデルに歪みが生じています。新商品を機に上位シフトを図るにも、「価格アップを説明できるほどの新規の特徴もなく」、製造部門が提示する販売価格と営業現場が肌で感じる市場の適正価格との間には、時に1,000万円から1,500万円にも及ぶ、お客様の価格感覚ギャップが生じて苦戦を強いられ、悲鳴を上げているのが営業現場の実情だと思います。
一方、地場住宅会社は、プレカット工場の活用や各種合理化など、原価低減への努力を重ねてはいるものの、全国大手住宅会社ほど厳密な原価管理体制を構築しているわけでは無く、言い方を変えると社内的な価格柔軟性があいまいに存在します。また、お客様と直接向き合う営業部門の声が、社内の価格設定する場合の意思決定に大きな影響を与えやすいのが特徴です。
社内力学は、「受注できるか否か」という営業現場の切実な課題に引きずられがちです。その結果、経営判断が営業部門の声に大きく左右され、受注を優先する傾向が強く、経営幹部が粗利を下げてでも、営業前線からの値引き嘆願に応じてしまう傾向が見られます。
この状況は、結果として受注価格合わせが多発し、中長期的な企業体力を削ぐことにつながりかねません。お客様の声に真摯に耳を傾ける姿勢が強みである反面、それが戦略的な価格設定を妨げ、現場の声に引きずられる形で経営状態が左右されるという構造的な課題を抱えています。
まとめ
今回は、現在の住宅市場が直面する「価格を次の大台へ」という構造的な変化と、その背景にある顧客マインドや社会構造の地殻変動について考察しました。単純な値上げが通用しない市場環境の中、従来の「モノ売り」の発想そのものが限界を迎えていることは明らかです。全国大手住宅会社と地場住宅会社、それぞれが抱える構造的な課題を認識した上で、次なる一手、すなわち「個々のお客様への付加価値提供」による、お客様が納得する価格アップ戦略へと舵を切る必要性に迫られています。
次回は、この難局を乗り越えるための鍵となる「注文住宅の本質」とは何か、そして、それを基盤とした新しい営業・設計アプローチについて、さらに深く掘り下げていきます。
ハウジングラボでは、このような市場分析に基づき、各企業の状況に合わせた具体的な戦略立案をサポートしています。より詳しい情報にご興味のある方は、下記URLからご覧ください。
https://www.housing-labo.com/introduction